ホーム SAMPLE 【サンプル】おすすめスポット紹介 居酒屋「春」

【サンプル】おすすめスポット紹介 居酒屋「春」

0

ビルとビルの間にポツンと灯る、美味い昭和の提灯居酒屋「春」

 居酒屋「春」は、小さな一軒家の店だ。池尻大橋駅からも渋谷駅からも徒歩で10〜15分ほどの場所にある。国道246線沿いに面して、大きなビルとビルが並んでいるが、どちらの駅からも離れていて、繁華街とは反対の方面にあるため、あまり人が多く歩く場所ではない。「通りがかりにふらりと入る」よりは、周辺のサラリーマンや、見知った地元の人が通う店だ。

 昭和40年代か50年代に建てられた間口の狭い2階建の控えめな佇まいは、今時のインテリアに慣れた若い人たちには入りやすいとは言い難いだろう。

 しかし、勇気を出して中に入ると、少し薄暗い店内のすぐ脇にある、分厚い無垢の白木のカウンター、どっしりとした木のテーブル、焼酎や日本酒の瓶が並ぶカウンター奥の棚がきちんと磨かれ、毎日実直に手入れをして清潔なのがわかる。むしろ拭きすぎてニスも塗料も無くなっているほどだ。

 背もたれの低いカウンター椅子、そしてカウンターの奥に並んだ「今日のおすすめ」の黒板、店内の懐かしいお土産品なども、古くはあるが寂れていない。惰性ではなく、大事に「愛着」で守られていることを感じる。
小手先で小綺麗にしたり、お洒落にしたりせず、よくぞここまで保存できたな、といつも感心しながら眺めていた。

 1階はカウンターとテーブル1台、2階の座敷も一部屋だけのコンパクトな店だが、料理がとにかく良かった。
一人できりもりする無口な大将が、その日の朝に市場で仕入れた旬の魚介を使った料理と、ほとんど顔を出さない大将の奥さんが手塩にかけた糠漬け、煮物の類は、丁寧に仕込まれていい塩梅。どれも絶品だ。
選りすぐりの日本酒焼酎がうまいのは言うまでもないだろう。

 お任せを一通り食べて飲んで最後にお茶漬けやおにぎりと赤出汁で仕上げ、いつもお会計で「え、これだけ?」とお腹も財布も大満足して帰った。

 海外の人にもこういう店は面白いらしく、時折、常連さんが海外のお客さんを連れてきた。お客の質がいいので、安心して案内できるのだという。

 こういった小さなお店は店主の勘がよく、客を選ぶので変な客が寄り付かない。
以前、私が2〜3軒梯子して酔っ払った状態で寄ろうとして「今日はいっぱいだから」と断られることが何度か続いた。それまで何度も飲みに来ていた客でも、飲み方が悪いと、こんな風にたちまち締め出されてしまう。
「あ、出禁になったか」と気がついた時は、流石に酒癖の悪い自分に絶望した。
大将が、それほど店と客を大事にしていることも、おすすめ理由の一つである。

 そんなわけで、この大好きだった居酒屋「春」も、もう10年以上ご無沙汰。先述の風情云々は10年前の私の記憶によるものだが、現在はかつての大将の息子さんが2代目として店を継ぎ、相変わらず「常連が集う店」であるらしい。

 おすすめ、というより、「そろそろ行ってみたいので誰か私の代わりに確かめてきてください」というお店紹介です。どうかよろしくお願いします。

(宣伝会議 編集・ライター養成講座 第41期 講義課題「おすすめスポット紹介」)